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四国の田舎を紹介!社会の関心事ブログ

Youtubeで紹介する四国のお寺!弘法大師様が『いろは四十八文字』を創作した寺!

 『いろは四十八文字』を創作したと伝わる童学寺!

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自称・歴史探究家のshigeです。

 

童学寺は、徳島県石井町にある真言宗善通寺派別格本山の寺院。

弘法大師様が、学問所の由緒から学業成就の寺として広く知られてる。

四国別格二十霊場二番札所。

四国三十六不動尊霊場十一番札所。

 

 

『阿波志』等に伝える寺伝によれば・・・

飛鳥時代、行基が創建したという。

奈良時代末から平安時代にかけ空海が7歳から15歳まで当寺で書道や密教などを学び、『いろは四十八文字』を創作したと伝わる。

その由緒から寺号を童学寺と称するようになったとされる。

弘仁6年(815年)、弘法大師さまが42歳のときに再び当寺を訪れて伽藍を整備し

自らが彫刻した薬師如来、阿弥陀如来、観音菩薩、持国天、毘沙門天、歓喜天を安置したという。

 

童学寺の近くには「石井廃寺跡」という奈良時代前期にさかのぼる寺院跡が存在し、

これが童学寺の前身ともいわれている。

石井廃寺跡からは、金堂、三重塔などの建物跡が検出されており

東に塔、西に金堂が建つ、法起寺式伽藍配置であった。

正和元年(1312年)津茂・松家両氏の発願により大規模な修繕が行われたことが、現存する棟札からわかっている。

天正年間(1573年 - 1592年)長宗我部元親の兵火を受けて全山焼失したが、元禄年間(1688年 - 1704年)に肥後の国より来錫した僧堪霊により再建された。

安政5年(1858年)昌平校教授であった安積信が童学寺の縁起を撰して碑文を建立している。

 

2017年3月25日午後5時30分頃、庫裏(住居兼台所)が火元とみられる火災が発生し、本堂及び庫裏などの建物が全焼。

国の重要文化財に指定されている木造薬師如来坐像は運び出され無事だった。

 

現在再建中みたいでしたが shigeが今年9月に訪れた時は 工事も始まっていないようでした。

 

田舎をしげさんぽ。


弘法大師様が「いろは四十八文字」を創作した寺!【童学寺】探索!

 

 

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