Shige blog

四国の田舎を紹介!社会の関心事ブログ

天皇家にかかわりが深い忌部神社を動画で紹介!しげさんぽ。

 山崎忌部神社を動画で紹介!

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おはようshigeです。。

 

昨日のブログの続編です。。。

 

shigeが歴史的な事をブログで語るよりも・・・

 

歴史の専門家の先生のサイトを紹介して

読んでもらった後に 

しげさんぽ。

動画を見てもらった方が

奥深く感じ取れると思うので

まず忌部神社の歴史的な

お話を、林先生のサイトで読んでくださいね。

 

shigeのへたくそな歴史的な忌部神社の解説を

このブログに引用とかコピペで書きなぐるよりも

shigeが最も共感できて

信用性が高いと感じたサイトを紹介しました。

忌部神社の歴史的な背景を ネットでググっていたら 

本当にいろんな見解が有ったり

忌部神社の争い的な歴史も 沢山ありましたが・・・

 

今回紹介させていただく 林 博章氏のサイト記載が shige的にはしっくりきました。

 

 

林 博章氏

1965年(昭和40)徳島市生まれ。青山学院大学法学部卒。2005年鳴門教育大学大学院修士課程修了(地理学)。古代史研究家。市民・行政・産業界と連携し徳島や日本創生のための活動を展開。現在、忌部文化研究会会長

 

 

moc.style

 今回紹介は 山崎忌部神社です。。。

 


吉野川市山川町忌部山 山崎忌部神社

 

 

徳島には いろんな歴史的な背景があり 忌部神社がその他にもあります。

 

次回の動画紹介は・・・

 

『延喜式神名帳』に載せる「阿波国麻殖郡 忌部神社」は名神大社にも列していたが、中世以降、兵火などにより所在が不明となり、近世以降、複数の神社が式内・忌部神社を主張していたため、明治4年(1871年)に暫時「所在地不明」のまま国幣中社に列格し、翌5年に麻植郡山崎村(現 吉野川市山川町)の村社忌部神社を式内忌部神社に決定した。これに対して美馬郡西端山(現 つるぎ町貞光)の五所神社(現 当社境外摂社御所神社)式内忌部神社を主張し、翌々7年(1874年)に改めて山川町の忌部神社を比定するという太政官布告が出されたものの、その後も論争が続いたため、同14年(1881年)に五所神社を式内忌部神社に変更したが、今度は山崎側が大いに反発し、結局太政官による妥協策として名東郡富田浦町(現 徳島市)に新たな社地を定めるという通達を出し、同18年(1885年)に眉山中腹の現在地を選定、そこに鎮座する郷社金刀比羅神社に仮遷座して五所神社を境外摂社とし、社殿竣工により同25年(1892年)5月15日に現在地に遷座した。

 

なお、式内忌部神社の歴史は忌部神社 (吉野川市) を参照。

 

ここも忌部神社です。

 

徳島県徳島市二軒屋町にある忌部神社

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あとがき

 ブログの構成は 歴史的な事柄から shigeの未熟な歴史的思考は一切このブログでは書き込んでません、個人の感想と現地で感じた風景や背景はブログで紹介していますが、歴史的にあいまいな事実を ド素人のshigeは記載しませんので あらかじめご了承お願いします。

知ったかぶりで・・・

 専門家のサイトブログを引用して誤解を招くのが一番ネットユーザーにご迷惑をおかけする事は 避けたいので・・・

 このブログでサイトを張り付けて使用させていたただいてる内容はshigeブログに一切関係しておりませんのでよろしくお願いします。

そのことをよく理解して歴史を楽しんでいただけたら幸いです。

 

 

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